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今回、きらけあ調査員らびぃがお会いしたのは、”障がい児の素顔”をテーマに、フリーカメラマンとしてご活躍中の武壮隆志さんです。
こちらの武壮さん、フリーカメラマンとご紹介しましたが、実は5年ほど前にヘルパー1級の資格を取得された、スーパーカメラマン(!!)なのです。
カメラマンとヘルパー、二つの顔を持ち、日々精力的に活動される武壮さんですが、今回はそんなお忙しい中、きらけあの取材にご協力くださいました。
まず、らびぃは武壮さんが福祉の世界に出会ったきっかけから尋ねてみる事にしました。
「僕が16歳の時です。当時の僕は、やんちゃで(笑)ブラブラしてばかりいました。『このままじゃいけない!変わりたい!』という気持ちはあるけど、だからといって何をして良いのか分からない。そんな時、たまたま【生野こどもの家】という、障がい児と健常児の統合保育施設のスタッフと知り合う機会があり、その方が『一度施設へ遊びにおいでよ!』と誘ってくださったんです。特に何も考えず、気軽な気持ちで施設に遊びに行ってみました。すると、とがった雰囲気で周囲の大人たちから避けられることが多かった僕に、施設の子供たちは、とても自然に接してくれたんです。それがすごく嬉しくて…。気がつくと、自分から積極的に施設に訪問する様になっていました。これが、僕と福祉との出会いですね。」
【生野こどもの家】に通うようになり、障がい児と触れ合ううちに、武壮さんは『自分も何か出来ないかな?』と、思うようになったそうです。そして、【生野こどもの家の】スタッフに紹介を受け、施設近くの【わだち福祉作業所】に就職されました。作業所とは、障がい児が学校を卒業して働く場所だそうで、ここでも武壮さんは、たくさんの貴重な経験をされたそうです。
16歳の時、『このままじゃいけない!』とくすぶっていた武壮さんは、訪れる偶然の出会いを素直に受け入れ、障がい者福祉との関わりをご自分の生活の一部とされました。
それでは武壮さんは、ここから、いつ、どのようにしてカメラマンの道を歩まれたのでしょうか?
福祉とカメラマン…。いくら考えてもらびぃには、この二つの職業が繋がっているようには思えないのですが…。
「作業所で働いていた10代最後の年、ローカルFM局でDJの経験もさせてもらったんですが、ある日、人権問題をテーマに活動されているという、カメラマンの牧田清さんが局へ取材に来られたんです。僕は、その時初めてカメラマンという職業の方に出会い、そして、カメラマンとして福祉に関わっている牧田さんの姿を見て、『福祉に、こういうアプローチ方法があるんだ!』と、とても衝撃を受けました。
それまでは、ヘルパーや相談員など、福祉に対して直接的な関わり方しか知らなかったので、僕もカメラマンになって、違った角度から障がい者福祉に携わりたいと思ったんです。」
武壮さんは、牧田さんとの出会いをきっかけに、『自分にも撮りたい被写体がある、伝えたいことがある。』という思いに気付き、ご自身もカメラマンとして福祉に関わりたいと思うようになったそうです。そして悩んだ末、これまでお世話になった【わだち福祉作業所】を退職し、ついにカメラマンになろうと決意されたのです。
「カメラマンになろうと決心し、お世話になった【わだち福祉作業所】を退職した後、どうすればカメラマンになれるかもわからないまま、とにかく写真を撮りまくろう!と思い、まずは海外に飛び出しました。僕は、『思い立ったらすぐ行動!』というタイプなので、とにかくじっとしていられなかったんです(笑)。
現地では、特に子供たちを中心に様々な被写体を撮影しました。しかし、撮影しているうちに、彼らと自分とでは、生きている世界やライフスタイル、置かれている環境が違いすぎて表面的なものしか撮れていないことに気づいたんです。例えば、貧困で苦しむ子どもを撮った場合、どうしても偽善的な写真になってしまう違和感を感じていました。しかし自分が感じた違和感を拭えないまま、金銭的な事もあり、やむなく帰国する事になったんです。
帰国後、海外で撮りためた写真を様々な出版社に売り込みに行きました。すると、担当者のコメントは『まだまだ写真の勉強が足りない。』などの厳しいものばかり。落ち込みましたが、お陰で僕は写真の基礎が何も分かっていなかったことに改めて気づくことができたんです。」
そして、カメラの基礎から学び直そうと思われた武壮さんは、帰国後に関西でも大手の写真スタジオでアシスタントを始められました。しかし、働いてみるとそのスタジオは、商業写真がメインで、武壮さんはそこでも違和感を感じてしまいます。それは、商業写真がどうしても“美しく撮る”ことにこだわらざるを得ない事でした。
夢に向かって飛び出した海外で感じた違和感。 帰国後、基礎を学ぶために勤めた写真スタジオでの、“美しく撮るためだけの商業写真”へのギャップ。
それらの悩みはいつしか、【違った角度から障がい者福祉に携わりたい】という思いを、更に深く変化させていったのです。
それからは、勤めていた写真スタジオを退職し、知り合いになったカメラマンの撮影現場に立ち会って、技術を磨きながら経験を積まれていきました。そして、障がい児と交流しながら撮影できる場として、再び施設との関わりを深めていかれたそうです。
「武壮さんの大胆な行動力で、『やってみたい!』と思った事を次々と実行されてきたからこそ、現在の両立生活があるのでしょうね。」らびぃがそう言うと、武壮さんは「あの時は若かったんでしょうね(笑)。」と屈託なく笑っていらっしゃいました。
障がいを持つ子ども達との出会いをきっかけに、チャレンジしたい事が出来て、様々な壁にぶつかりながら自問自答の結果、撮りたい・伝えたいことを追い続けてきたからこそ、こんな素敵な笑顔をされるんだとらびぃは感じました。
「障害を持つ子ども達は、興味がある事にずっと夢中になり、カメラを意識する事がありません。ですから、彼らのありのままの姿を写すことができるんです。例えば、僕が数年前から被写体として追い続けている少年は、ダンゴムシが大好きで、毎日の様にダンゴムシと楽しそうに遊んでいます。この少年の様に自分の世界に集中する姿が、障がい児を撮影する魅力だと思っています。逆に健常児の場合だと、カメラを向けると意識してポーズをとったり、構えたりしちゃうんですよ。これが障がい児と健常児の大きな違いかなと思います。」
健常児も小学校低学年ぐらいまでは、無邪気ですごく自由なのに、成長するごとに人目を気にしたり、『みんなと一緒じゃないとイヤ。』という気持ちが芽生えて、どんどん個性が失われていくように感じると、武壮さんはおっしゃっています。
障がい児の魅力がちりばめられた写真を通じて、多くの人に障がい者福祉を知ってもらい、理解してもらいたいと、武壮さんは障がいを持つ子ども達を追い続けておられます。
では、健常児や大人を被写体にしない理由は何かあるのでしょうか?
「僕が障がい児だけを被写体にする理由は、一般の人の障がい者福祉に対する関心が薄いと思うからです。それは、障がいを持つことは大変だ、しんどいなどの先入観や抵抗感を持たれている事が一つ。もう一つは、一般の方が身近で障がいを持つ人と知り合う機会が少なく、きっかけがないために目を向けてもらえないということです。僕が撮影を始めた頃は、子どもも大人も関係なく、障がいを持つ方の現状をマジメに伝えようと必死でした。しかしテーマが重いと、興味すら示してもらえないんです。」
武壮さんは試行錯誤の末、『子どもの笑顔なら誰でもすんなり受け止めてもらえる!』と気づかれたそうです。だから被写体は障がいを持つ子ども達に限定し、見た人に子ども達の個性からくる”おもしろ味”をどれだけ伝えられるか、思いを込めて撮影されているのです。
更に一般社会との接点づくりという点は写真だけでなく、ヘルパーとして活動している時にも心がけていらっしゃるそうです。
「例えば、子供たちと外出する際は、障がい児が集まる場所ではなく、繁華街などの人が多いところへ行くようにしています。まずは子ども達の存在を知ってもらうきっかけだと思っています。
大きな声ではしゃいだり、いろんな人に話しかけたりする子ども達のありのままの姿が、今まで障がい児と触れ合う機会が無かった人へのアプローチのひとつだと考えています。まだまだ社会に受け止めてもらえていないと感じますが、それをフォローし、伝えていくのが僕の役目だと思うんです。」
実際、カメラマン姿の武壮さんを拝見したいと思ったらびぃは、武壮さんが日頃よく撮影に訪れていらっしゃる統合学童保育所【子どもジグソー】へお供することにしました。
【子どもジグソー】には、小1〜18歳までの幅広い年齢層の健常児、障がい児が集まっています。そこには子ども達と無邪気に遊びながら、子ども達の表情を収めるカメラマンの武壮さんがいらっしゃいました。
大きな機材や、カメラを抱えているカメラマンとしての武壮さんも、子ども達とお兄ちゃんの様に仲良く遊ぶヘルパーとしての武壮さんも、子ども達はどちらも『武壮さん』として自然に受け止めているように思えました。
「今は、週2〜3日ヘルパーとして他の施設で活動し、それ以外の時間を【子どもジグソー】へお邪魔し、カメラマンとしての活動時間に充てています。カメラマンの時の僕は、一歩下がって客観的に子ども達を見ているので、『今日は撮るぞ!』と構えて、子ども達の表情を追いかけています。一方で、ヘルパーの時の僕は、『どうしたら楽しんでもらえるかな?』と、思いながら子ども達と接しています。だけど時々、『今、撮りたい!』と子ども達に思わせられる瞬間があるんです。そのたびに、僕は改めて子ども達の魅力に感心させられています。」
かっこいい写真、きれいな写真を撮るのではなく、大変さや、しんどさだけを訴えるのでもない。
福祉に携わってこられた武壮さんだからこそ撮れる写真を多くの人に見てもらうこと、そして多くの人と接点を持つこと、これらをモットーに活動されてきた武壮さんは、ご自身の活動によって、障がい者と健常者が自然に交わる街づくりに繋がっていく事を願っていらっしゃいます。
「僕は障がい者が構えることなく、気軽に出かけられる環境を少しずつでも増やしていきたいと思っています。世間での障がいに対する理解が深まれば、障がいを持つ子どもだけではなく、大人の写真もゆくゆくは撮りたいと考えています。」
調査員らびぃは、武壮さんの取り組みが地域ぐるみでもっと活性化され、さらにその地域と地域の結びつき、心のバリアフリーが社会全体に広がって、いつしか世間の先入観や思い込みの溝が埋まって欲しいと願いつつ、武壮さんのインタビューを終えました。
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