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今回、きらけあ調査員らびぃがお会いしたのは、Japanese Nursing Support(以下、JNS) の代表としてご活躍なさっている保田淳子(やすだじゅんこ)さんです。
取材日からおよそ1ヶ月前に、5年近く住まわれたオーストラリアから帰国されたばかり(!!)の保田さんは、帰国間もないうちから、神戸を拠点に目まぐるしいスケジュールで全国を飛び回っていらっしゃいます。
そんなハードスケジュールの合間をぬって、今回、きらけあの取材にご協力いただきました。
保田さんが代表を務めていらっしゃるJNSは、看護や介護の従事者を腰痛から守り、第2の患者にしないための労働環境整備を訴えながら、日本に『No Lifting Policy(ノー・リフティング・ポリシー)』を広めていく活動を行っています。
さて、『No Lifting Policy』とは一体どんなものなのでしょうか?
『No Lifting Policy』とは、そもそも、人力による移乗介助のトレーニングをいくら重ねても、看護師の腰痛による労災申請件数が減らないという状況を背景に、オーストラリア看護連盟(Australia Nursing Federation:以下、ANF)ビクトリア支部で、1998年に『人力のみによって患者さんを移乗することを禁止した指針』が正式採用となったことから始まっています。それから約10年で、この『No Lifting Policy』はオーストラリア全土に広まり、現在では、オーストラリアのどの現場でも「抱えない介助」が徹底されているそうです。看護師や介助者の腰痛を予防し、かつ患者さんの安全を守るために、【押す・引く・持ち上げる・ねじる・運ぶ】という5つの基本動作を、人力のみで行うことが禁じられているのです。
まず、調査員は保田さんと、『No Lifting Policy』との出会いから尋ねてみました。
保田さんは、神戸の高校を卒業後、准看護学校に進学されましたが、途中退学されたそうです。
しかし数年経った、21歳のとき、大切な人が病気で亡くなった経験から、再び医療・看護への興味を抱かれます。
そこで、医療事務職員として透析病院で勤務をしながら、再び准看護学校の門を叩かれました。
その後、看護師進学コースに進み、無事に看護師資格も取得され、正式に透析看護師として勤務を始められます。
そんな中、発展途上国での国際協力に関心があった保田さんは、2003年、語学力を磨くためにオーストラリアに語学留学をされました。当初は10ヶ月間のつもりでメルボルンの語学学校に通われていたのですが、その学校から現地の病院を訪問するツアーに参加することとなり、初めてオーストラリアの医療・看護の現場見学をされたそうです。
それが、保田さんと『患者さんを抱えない移乗方法』との最初の出会いでした。
リフトを利用して患者さんを移乗させているのを初めて見たときの第一印象は、「患者さんを荷物みたいに扱って・・・」と、あまり好印象ではなかったそうです。その時点では、ご自身が日本で教わってきた医療・看護体制との違いを知るに留まりました。
第2の出会いは翌2005年のことでした。
現地オーストラリアの老人ホームで、看護師としてアルバイト勤務を始められた保田さんは、職員研修で『No Lift』が患者さんの安全と看護師の健康管理のために、広く普及されていることを知ります。
その経験からオーストラリアで専門的に看護を学んでみたいと決意され、2005年2月、サウスオーストラリア州アデレードにあるフリンダース大学看護学部へ編入。見事、オーストラリアでも看護師免許を取得されます。
更に翌2006年からは、同大学院にて看護、ヘルスケアマネージメントの研究を深めていかれました。
そして、この年に起こった第3の出会いこそが、保田さんを大きく動かす出来事となったのです。
2006年、保田さんはANFのジャネットさんにインタビューする機会に恵まれます。
そこでジャネットさんは、こんな事をおっしゃったそうです。
「看護師が第2の患者になってはいけない。また看護師も人であり、人として健康でいられないというのは、基本的な人権を侵害されていると感じなければならない。資格を持つあなたたちの健康が守られていないとすると、病院で働くほかの人たち(掃除、営繕など)はどうなってしまうの?」
保田さんの心は、その時大きく揺さぶられ、看護師という立場で声を上げていくことの大切さに気づきました。
そして、活動を始める決意をされたそうです。
保田さんは、研究の傍ら、日本へ向けてオーストラリアの医療・看護の現場の実情レポートとともに、日本の看護師を対象とした、『No Lift』を活用した腰痛予防と労働環境の改善を伝える活動を開始されました。また、日本から旅行に来る透析患者さんの数が少ないという現状を受けて、現地の透析病院との連携をサポートするボランティア活動もスタート。
そして、2008年3月、大学院修士課程を修了し、日本に帰国・・・というある日、事件(?)が起こります。
なんと、保田さんの研究成果が、日本予防医学リスクマネジメント学会で高く評価され、「医療者を明日の患者にしないために〜オーストラリアと日本の病院の腰痛予防サポート比較研究〜」にて、同学会から安全医学賞優秀賞が送られることになったのです。
保田さんは当時のことを、
『実は、いよいよ日本へ帰国という日に、学会から送られてきたメールで受賞を知ったんです。』と楽しそうに振り返られます。
聞くと、帰国されたのが3月13日で、学会の学術総会は同月18日。ほんの数日で参考資料をまとめ、学術総会に参加されたのだとか。参加者の中で、保田さんだけが手書きの資料だったそうです(笑)。
そうした輝かしい受賞から始まった日本での活動について、ここで、今後の活動計画を伺いました。
保田さんが立ち上げられたJNSが目指すものは、「変えられないことを変えていくこと。看護や介護者の腰痛ゼロを目指し、看護労働環境改善のための現場サポートを行う」ことだそうです。そのミッションに向けて、『No Lifting Policy』を軸とした、講演・講習活動や、院内・施設内でのスタッフサポートとリスクマネジメントのコンサルタント活動が行われています。また、オーストラリアの病院や施設見学などが組み込まれた研修ツアーも企画されているそうです。
保田さんは、活動方針を次のように語られました。
『現在、日本人の看護職・介護職の腰痛保有率はおよそ8割といわれています。私が伝えたいのは、『No Lifting Policy』そのものだけではなくて、“看護師である前に、ひとりの人間としての人権と健康が確保された上で、専門職としての役割を果たしていこう”ということなのです。『No Lift』はその目的のための1つのきっかけに過ぎません。その中でJNSは、現場が抱えるあらゆる課題を解決していこうという意識と、体制作りをマネジメントしていきたいという思いで立ち上げました。ですから、現場にリフトを導入して、身体的負担の軽減だけを目標に活動しているのではないのです。』
そして、お話は『プロ意識』について続きます。
『看護師として最も意識していたいことは、「誰のためにやっているのか?」を常に自らに問いかける姿勢です。患者さんをしっかりと見つめながら、自分が看護師として何ができるのかを知っておくことが大切です。本当のプロとは自分ができることとできないことを知っている者なのです。できもしないことを安請け合いするような行為は、自己満足に過ぎなくて、自分一人で足らない部分に対して、周りの人の協力を仰ぐ姿勢を持つことで、お互いの専門性への理解を深め合っていけるし、何より、それが患者さんへのケアの向上につながっていくのですから。』
そういった思いを根底にして、保田さんは、『「人手が足らない」、「時間がない」等という、“ないづくし”を未解決の問題として先送りにするのではなく、現状改善のための取り組みをすぐにでも始めてほしい。』とおっしゃいます。そのためには、経営陣サイド、管理者サイド、現場スタッフサイドのそれぞれが抱えている思いや考えを、点ではなく1つの線でつなげていくプロセスが必要で、その方法や手段を提案し、問題解決をサポートしていくことが、保田さんの目指すものなのです。
ここまでお話を伺ってきた調査員は、心に浮かんだ懸念を思い切って保田さんにぶつけてみることにしました。
『そうはいっても、日本ではやはり “「人の手」を使った優しさやいたわりを” という考えが先行してしまいがちだと思われるのですが・・・?』
それに対して、保田さんは次のようにお答えくださいました。
『そうですね。でも、思い返してみてください。パソコンや携帯電話という通信機器を用いてメールを送るという行為は、日本ではすっかり定着しましたね。そのメールを通じて送りあう文章では、その書き手の「心」はまったく伝わらないのでしょうか?
私は、必ずしもそうだとは思いません。
メール文を作成しているのも、リフトを操るのも「人の手」で行われます。その利便性、目的、使い方を正しく理解していれば、その機器が持つメリットを最大限に引き出すことができると思うのです。
具体的に申し上げると、患者さんを抱えるという危険をはらんだ行為に伴う看護師の意識の先を、リフトを用いることで、患者さん本人に向けることができるようにもなります。患者さんを抱える腕を提供するのではなく、優しくサポートするための手を差し伸べたり、患者さんの表情を見ながら声をかけることもできるようになるのです。
”私はあなたを抱えられません。でも、私は私の心をもって、あなたをサポートします。”
JNSのロゴは、そんな「心」を表現したものなのです。』
なるほど!
オーストラリアで実践されている『No Lift』も、最初は患者さんにとっても介助者にとっても、何かしらの違和感があるものだったでしょう。
しかし、それまで絶対的に信じていたものを、少しだけ角度を変えてみてみると、本当に守らなければならないものが見えてきたり、あるいは新しい価値観が創造されていったのではないでしょうか。
そんな変化を保田さんは『culture changing(カルチャー・チェンジング)』と称しています。それが、まさに、JNSのミッションである“変えられないことを変えていく”ことにつながっているのです。
オーストラリアの国土は世界第6位の広さを誇り、日本の約22倍にあたります。人口はというと、オーストラリアは日本の約1/7。2005年時点で65歳以上の高齢者が占める割合は、オーストラリアが13%なのに対し、日本は約20%です。
生活環境も文化も政治も異なる両国ですが、高齢者や患者のケアに当たるのは、同じ人間同士なのですから、広い視野をもち、物事を見つめるポイントを少し変えていくことで、気づくものがきっとあると調査員は思いました。
患者や利用者にとって十分な医療・介護の制度を整えることも重要ですが、今まさに現場で働いている人たちを守りながら、彼らの志・能力・専門性を遺憾なく発揮できる環境整備が整ってほしいと願いつつ、保田さんのインタビューを終えた調査員でした。
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