家族の最近のブログ記事

我が家に新しい家族が増えた。
千葉の姪っ子が妊娠をした為、犬を預かって欲しいとの話。
名前はレイナ。
年は16歳。人間でいうと80歳くらいのお婆ちゃん犬だ。
亡くなった父の愛犬だが姪っ子は実家で育ったので父亡き後、大事に育ててくれた。

名前の由来なのだが、
実は私が長男を妊娠した時、まず「女の子が欲しい」と思った。
なのでお腹をさすりながら「レイナちゃん」と呼んでいた。

メキシコで妊娠したのでスペイン語(レイナはスペイン語で女王様の意味)の名前を
思いついたのだが、父は私がお腹に向かって「レイナ」と呼ぶのを嬉しそうに見ていた。

ところが生まれたのは男の子だった。
舅が「翔太」と名付け「レイナ」の名前は用無しになった。
今思えば初孫だったから父も名前をつけたかったのかもしれないな。
外孫なので遠慮していたのかもしれない。

もらってきた子犬に「レイナ」という名前をつけたところをみると、孫代わりだったんだな。

だから思えば「あんたは元々うちの子みたいなもんだよ」と横須賀の家族全員大歓迎で迎え入れたのだ。

 

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車に乗せる前に姪っ子は少し涙ぐみながら
 
「順ちゃんちで幸せになりな」と言った。
 
12歳のころから一緒だったから涙がこぼれるのは当たり前だ。
 
「赤ん坊がすぐ生まれるから。赤ん坊を幸せにするのがあんたの役割だ。」と私は答えた。
 
予定日は3月5日。もうお腹が真ん丸だ。

別れ

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大震災が日本を襲った翌日、我が家の愛犬が静かにその一生を終えました。

名前はラムちゃん。

元々は近所のM公園の「里親探し」で譲り受けた子犬でした。

くじびきで引き取る犬を決めることになっていました。

うちは外見はどうでもよかったのですが「雄が欲しい」と第三希望まで雄を選んでいたのにも関わらず、結局くじは全て外れ、テリア系の雑種、雌犬が我が家の仲間入りをしました。

我が家は車が入らない崖の上に立っていますが、庭は広いのでラムは庭で放し飼いになっていました。

鎖でつながれない犬だったので後から仲間入りした猫の黒たんと自由にじゃれあって自由に走り回っていました。

数年前に乳がんにかかりお腹に大きな「できもの」が出来ました。

病院では飲み薬が出て、それを餌に混ぜて飲ませました。

もうおばあちゃん犬だったので去年の夏の暑さには参ってしまい、実はその頃から「もうそろそろ寿命だね」と家族で話をしていました。

笑福会の全国大会の神戸に行く時、「神戸から戻るまで生きているかな」などと思って出発するほど衰弱していたのですが、そのあと気候が過ごし易くなるとまた元気を取り戻し、餌もよく食べるようになりました。

子犬の頃は子どもも小さかったので一緒になってよく遊んでいました。

犬の習性で、「自分より弱い下位の存在」を見つけようとするという話を聴いたことがありますが、家族の中でいつもラムになめられていたのが、まだ当時幼稚園にも入っていなかったチビのひかるで、

ひかるがよくラムに泣かされていたのを思い出します。

もちろんラムもチビですからふざけて飛びついたりじゃれあったりしていたのでしょうがひかるはまだ受け止めるだけの体の大きさも体力もなかったのでよくひっくり返って泣いていました。

ひかるが成長するにつれ下位の存在ではなくなったようで(笑)、ひかるとラムはまるで姉妹のよう。

パパに怒られて家出をした時も、ラムの家に泊めてもらってようでした(笑)

そのひかるも今は高校生。

最後の最後まで面倒を見ていました。

この冬の寒さ対策の為、レンジでチンすると10時間は暖かいと言われるアンカを買ってきてラムの小屋に入れました。

これは今でも不思議なのですが、アンカを買ってきた当初はアンカで暖を取っていたラムだったのですが、亡くなる3日~4日前くらいから犬小屋で寝なくなりました。

敷いていた毛布が臭いのかと思い取り変えても、アンカが熱すぎるのかと取り除いても犬小屋に入る事をしませんでした。

夜中もきちんと座って居間の方や道路に向かって座っています。

その姿がまるでお礼を言っているか挨拶をしているかのように見えて、切なくなりました。

ひかるが夜中に起きてラムが座っているそばに行って毛布をかけました。

しばらくすると他の場所に行くのでまた追いかけて毛布をかける、、、この繰り返し。

歩行が難しくなると、散歩もほんの短い距離だけひかるが毎日のように連れて行きました。

食事を取らなくなりました。

病院から出た栄養価の高いチューブを口に押し入れると不本意そうにペロペロ舐め、無理強いで食べさせているような後ろめたさを感じたことも。

亡くなる前日(震災の日)、朝、出勤する時に、カラスが不気味なほど鳴き続け、犬だか何だか獣の泣き声が混じり合い、玄関を一緒に出たひかるに「カラスはラムが弱ってるのを知ってあんな鳴き方をするのか、それとも地震でも来るのか」と話しましたが、

それは実際、思い起こすと、不吉な知らせをキャッチしてしまったということになるのでしょうか。

震災の翌日はもちろん眠れない朝を迎えましたが、朝一番でラムの様子を見に行きました。

春の暖かな日差しの下、彼女は歩いていました。

「ああ、良かった、歩いている、元気になったんだ」と私が言って、5分後、庭に様子を見に行くと、それは「死に場所に向かう最後の姿」だったことに気付きます。

彼女は庭の芝生の上、まるで春のような陽射しを選んだかのように、居間の前、小屋の横で静かに体を横たえ絶命していました。

痛がったり苦しんだりする姿を全く見せず5分前まで歩いて、ちゃんと家族にお別れのご挨拶をしたラムに、みんな「よく頑張ったね」と言葉をかけました。

あとで調べてみたら「外犬は犬小屋で死にたがらない。それは土にかえることを望むから」というような説を唱えている人がいて

そうしたらラムはこのいつもひなたぼっこをしていた芝生の上で死にたかったのだなと妙に納得してしまいました。

 

外人さん、いらっしゃーい!

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数ヶ月前のこと。

旦那の仕事関係の(まあお客様なんだけれど友達だと言っています)アメリカ人夫妻が日本に観光に来ると言う。

ガイドしてくれだって。

1日目、東京はとバスツアー、2日目、富士山ツアー。

 

まあ確かに英語の学校を出て英語大好きな私だが、今は全然英語使っていないし、大丈夫かな~、なんて全く考えないんだわ、私ってば(爆)

人生「なんとかなる!」を実践してきたので、無理難題が天から降ってきても、冷静に立ち向かっていっちゃうんですねー。

いよいよ当日になった。

朝、9時にTホテルのロビーで待ち合わせをしたエリカ様と私は(彼女の名前はエリカ。若くてとっても可愛い)まずはとバスツアーの集合所へ向かった。

自己紹介をする。

意外と耳が英語に慣れていることにびっくりした。

彼女が話す言葉は大抵はわかった。

だから逆に自分が表現出来ないもどかしさに何度か悔しい思いをした。

例えば、東京観光では、皇居や二重橋、日本を代表する名所をまわって行くのだが、数々の質問を満足行くように答えるには(満足というのは質問する側でなく答える側の満足)、江戸時代、倒幕、開国、ここら辺を説明しなくちゃならない。

彼女はインターネットで日本のことを調べてきたとは言うけれど、幕末のことまでは知らなかった。

ペリーの写真(携帯の検索画像)を見せて「Do you know him?」と訊いても「No.」と答える。

おたくのーーー国のーーーーぺりーさんがーーーー浦賀にーーー来てーーー!!!

ああ、まどろっこしい(笑)

何とか小学校で習うくらいの日本の歴史を伝授して、皇居にはエンペラーとその家族が住んでいて、The World War II の時は多くの日本人がエンペラーの為に命を捧げた。

今ではシンボルなんだよ、お正月にはあそこの家の窓から手を振って国民に手を振ってあいさつをするんだよ、二重橋も人が入れるんだよ、、、などと簡単な説明をする。

バスの中ではお互いの仕事の話。

エリカは自分はファイナンシャルアナリストだ、と言った。

(ファイナンシャルアナリストは、企業の財務面での問題点と戦略を特定し様々な形で予算案を作成
し、企業の収益率を高める仕事をする。民間企業で働く際は、株価の正当性を証明し、またその上昇を目指したり、時に企業買収と売却の可能性も探る)

自慢だが(っつうかこんなことで自慢するのが情けないが)私も福祉経営戦略なんたらこーたらって講義取ったんでね。

M&Aって勉強したんじゃよ。

M&Aだよ、M&A。お口で溶けて手で溶けない、じゃないよ。

 

エリカは香港の企業を相手にしているらしい。

 

カッコいいーーー。

 

この時、私は自分の耳がいいのではなく、彼女が、「相手にわかりやすい英語の話し方(特にアジア人)」のコツを知っているのだ、と気付く。

相手を理解しないとそして相手に理解をさせないと経営相談なんて乗れやしない。

わかりやすく話してくれるので私には本当にいい英会話レッスンになった。

私達は古くからの友達のようによく喋った。

家族のこと、趣味のこと、ペットのこと、

私が「昨日、ライブだった」とか「ドラムを叩く」とか「去年大学を卒業してソーシャルワーカーの資格を取った」とか話すと、最後に頷きながら

「だから仕事は週3に抑えているのね」と笑う。

とっても勘のいいエリカ様なのである。

皇居の後は浅草寺に向かった。

本堂(工事中だった)でお参りをしておみくじをひくと、私は大凶(涙)、エリカ様が大吉。

おみくじには英語の説明もあるから、彼女は非常に喜んで大事に鞄にしまっていた。

本堂の前にあるお清めの水で手を洗い口をすすぎ、お参りにそなえる。 

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線香を焚いている場所で、「このスモークを体の弱いところや痛いところにつけるとよくなったり痛みが取れたりするんだよ」と説明をする。

私は、いっぱい頭に煙をかける。頭良くなりますように!(笑)

次のバスの中で、私の仕事について根ほり葉ほりきかれたが、私の職業とういうのが恐らくアメリカ人には理解しにくいと思う。

医療保険だって(政府がしきっている、という意味で)無い国だから、介護保険なんてもっとイメージ出来ないだろうなあ。

一生懸命説明したんだ。

「40歳以上になると毎月ガバメントにお金を払って「自分が年を取って介護を必要とする日」の為に保険に入っておく。(強制加入)

すると例えば年を取って家で生活するのが大変になった時、いろいろなサービスが受けられるんだー。」

「サービスってどんなサービス?」

うーん。イメージ湧かないだろうなあ、なんて思っていたら東京タワーに到着。

 

高いぜよ、東京タワー!!

展望台で360度、東京をぐるっと見渡し「あっちがお台場」「あそこがレインボーブリッジ」「こっちは横浜だよ。ここの近くに私は住んでいる。」などと説明をしていると

前からいかにも「デイサービスでーす」って感じの団体が登場した。

ユニフォームを着たお姉さんやおばちゃんが車椅子を押して東京タワーの展望台をまわっている。

 

私は興奮してエリカに言った。

「こういう仕事、私がしているのは。高齢による疾病が原因でハンディキャップを持って人たちを、こうやって楽しいところに連れだしたり、お食事を手伝ったり、リハビリを手伝ったり。家のお風呂には入れないから大きいお風呂で体を洗ったり、、、、」

やっぱりイメージ湧かないかな。

「ナースなの?」と訊かれるので「ナースじゃない。」と答えるとまた首をかしげる。

明日はちょっと単語を調べてエリカに「私の仕事」を伝えて来ます。

 

 

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透明な床、怖いぜよーーー。

こどもは見てる

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旦那が海外出張から明日帰ってくるのだが、出張へ行く前に夫婦喧嘩になった。

6月の終わりに取引先のアメリカ人夫婦が日本観光をするので私がガイドをするように言われていた。

昔、英語をかじったことがあるので「いいよ」と簡単に答えたが、彼は人に頼むだけ頼んで、自分の思い通りにいかないとプリプリ怒るのだ。

例えば「宿の予約が遅かった」とか「パンフレットを捨てちゃった」とかで烈火の如く怒っている。

あたしに言わせれば「あたしだって高知のホテルの予約で大変なのよ」だし「そんなに大事なパンフだったらソファの上に置いておくんじゃないよ、捨ててくれとばかりにさ」なのだ。

性格の細かい旦那と大雑把な私の夫婦喧嘩は今に始まったことじゃない。

ただ、最近はちょっと同情もしている。

こうやって大雑把でいい加減な妻だと大黒柱は大変なんだろうなあ、と。

いつも節約や地球環境を気にするのも旦那だ。

こどものしつけも旦那の方がびしっとやっている。

あたしは舐められた母だもんな。

こういうマネージャー的存在ってのは、管理しなくてはならないから大変なんだ。

嫌われ者を背中に背負って人生歩いていかなければならない。

最近、ケアマネ実務研修の打ち上げでそう言えばケアマネ卵さん達が言っていた。

 

「どんなに仕事が出来てもさ、施設ケアマネなんて能無しって言われるのがオチなのよ。100人を1人で見るなんて無理に決まっているじゃない。一生懸命やっても『現場を見ていない』とか『そんなケアプランあるかい』とか言われちゃうのよ。

ケアマネージャーってさ、孤独なもんよ。」

そんな言葉を聞いて何となく納得する自分がいた。

自分自身が今まで働いてきた現場で「うちのケアマネは仕事が出来ない」と陰口を叩いてきた側だから、よくわかる。

まあ言い訳になるかもしれないが、それでも介護職員としてもう少し介護保険制度やケアマネの役割などを教えてくれる人がまわりにいたら、もっと理解していたんだろうなあ、などとも思う。

そして確かに孤立しすぎて壁を作っているケアマネもたくさんいた。余裕がなかったのかわざと距離を置いていたのか、、、権力をかざすケアマネもたくさん見てきたのだ。

 

リビングでお勉強

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正月が荒れ模様の天気という噂を聞いて、早々に正月の買い出しに行きました。
買い物やら大掃除やら大騒ぎの年末です。

もちろん社会福祉士の勉強どころじゃない。
主婦は年末年始は忙しいのだ。

先日、飲み会で友達の麻由美ちゃんが、「東大生の半分は勉強をリビングでしていたらしい」と言うので、最近はリビングを陣取り、テーブルの上には参考書問題集を積み上げて勉強しています。

でも冬休みが始まってからというもの、、、リビングでの勉強に限界を感じています。

冬休みだからリビングは人口密度が高いんですな。


リビングで勉強する私の隣で昼間から酒を飲み酔っぱらっているパパ

ママ「・・・ぶつぶつ・・・ゆりかごから墓場まで、ベバリッジ・・・ぶつぶつ」

パパ「うい〜。ショウタ、正月は中央墓場に飲みに行くじょ〜〜。」

ショウタ「墓場じゃないでしょ、中央酒場でしょ?」

パパ「そうだ、そうだ、間違えた。」

ママ「ゆりかごから酒場まで・・・ええい〜〜うるさい〜〜〜。勝手に酒場でも墓場でも行ってくれ!」

 

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JUNKO's プロフィール

Junko
名前*JUNKO

年齢*48歳

仕事*デイサービスの介護職員をしながら勉強を続けています。社会福祉士、介護支援専門員、介護福祉士、認知症ケア専門士です。

キャラ*ずぼらなA型、情熱的な天秤座、勘違いだらけの人生・・でも辻褄合わすの上手・・・。泣いたり笑ったり怒ったり哀しんだり、喜怒哀楽の激しい性格です。

趣味*バンド・・・・下手だけどドラマーです。キーボードやる時もあります。直球のロックが大好き。ハモるのが好きでコーラスも担当します。昔は作詞作曲もしたけど、今は忙しくて・・・。

好き*音楽、介護、アメリカ映画、英語、チョコ、卵、冒険、ナスの天ぷら、女性っぽい男の人、男っぽい女の人、意外性のある人間、マラソン、お年寄り、子供

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「笑わせてなんぼの介護福祉士」

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